表皮の中の「島」をどう読むか―Borst–Jadassohn現象は診断名ではない―
定義――Borst–Jadassohn現象は単一の腫瘍ではなく、肥厚した表皮の棘細胞層内に、周囲の角化細胞とは形態・染色性の異なる細胞巣が、境界明瞭な「島」として認められる形態学的所見である。
鑑別――clonal seborrheic keratosis、clonal Bowen disease (SCC in situ)、hidroacanthoma simplex、porocarcinoma など、良性から悪性までの複数疾患が同じ像を示しうる。
対応――現象名で診断を止めず、異型の有無・導管分化・免疫染色(CK5/6、CEA/EMA など)で背景疾患を見極め、悪性の可能性を十分に否定できるかを問うことが要点となる。悪性を否定しきれない際には切除のハードルを低く設定することも考慮される。
はじめに
病理組織を読んでいると、肥厚した表皮の中に、周囲の角化細胞とは明らかに染まり方の違う細胞のかたまりが、くっきりと境界明瞭な「島」のように浮かんでいる像に出会うことがあります。脂漏性角化症(seborrheic keratosis: SK)を疑って提出した検体で、このような胞巣を指導医から「これはBorst–Jadassohnだね」と言われ、戸惑った経験のある方も多いのではないでしょうか。
この呼称は、ともすると一つの確定診断のように響きます。しかし実際には、Borst–Jadassohn現象(Borst–Jadassohn phenomenon: BJP)は特定の疾患名ではなく、複数の疾患が共有する「見え方」を指す言葉です。そして、その背後にある疾患は良性のこともあれば悪性のこともあります。だからこそ、この島を見たときに何を考え、どう動くかが臨床的に重要になります。
本稿では、BJPの概念整理、どのような疾患でみられるか、そして実際にこの像に出会ったときの考え方を順に確認していきます。
Borst–Jadassohn現象とは何か――歴史と定義をおさらいする
20世紀初頭、BorstとJadassohnはそれぞれ独立に、表皮内に境界明瞭な胞巣をもつ腫瘍を記載しました。当初これは特異な一つの腫瘍と考えられ、「Borst–Jadassohnの表皮内上皮腫(intraepidermal/intraepithelial epithelioma)」と名づけられました[2]。
しかし、その後の形態学的・免疫組織化学的検討を経て、現在では多くの著者がこれを単一の腫瘍ではなく、複数の腫瘍が共有する形態学的現象とみなしています。そのため、特定の腫瘍名としてではなく「Borst–Jadassohn現象」と呼ぶことが好まれます[2]。Souza らは、この現象を次のように記しています。
This phenomenon is characterized as the presence of well-defined islands of epithelial cells, typical or atypical, within an acanthotic epidermis, and can be evidenced in some benign or malignant conditions.
すなわち、肥厚(acanthotic)した表皮の中に、典型的あるいは異型を伴う上皮細胞が境界明瞭な島状の胞巣として存在し、それが良性・悪性いずれの病変でもみられうる、という所見です[2]。
ここで押さえておきたいのは、「島」をつくっている細胞が必ずしも悪性細胞とは限らない、という点です。胞巣を構成する細胞は良性の角化細胞のこともあれば、汗腺系の細胞、あるいは異型を伴う癌細胞のこともあります。BJPは細胞の素性を保証する所見ではなく、あくまで「表皮内に境界明瞭な胞巣がある」という構造的なパターンを述べているにすぎません。
この点を最も体系的に検証したのが、Lora らによる免疫組織化学的研究です[1]。彼らは「表皮内上皮腫」が独立した腫瘍なのか、それとも複数疾患が共有する現象なのかという長年の論争に対し、BJPを示す腫瘍群と、それぞれの典型(非clonal)型とを比較しました。結論として、BJPを示す病変群は免疫染色プロフィールに違いがあり、単一の腫瘍ではなく、複数の疾患が共通して示す形態学的現象と考えるのが妥当である、と述べています。一方で、これらの胞巣はいずれも上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor: EGFR)を共通して強く発現しており、EGFR経路がBJPという現象の成立に関与している可能性が示唆されました[1]。
つまり、BJPは「複数の疾患が共有する形態学的パターン」であり、その共通の地ならしとしてEGFR経路がはたらいているのかもしれない、という理解が現時点での到達点といえます。
どんな疾患でBorst–Jadassohn現象はみられるのか
BJPを示しうる疾患は、良性から悪性まで幅があります。Souza らは、clonal seborrheic keratosis、clonal Bowen disease (squamous cell carcinoma in situ: SCC in situ)、パジェット病(Paget disease)、porocarcinoma (PC)、hidroacanthoma simplex (HS) などを挙げています[2]。このうち clonal seborrheic keratosis、clonal Bowen disease、HS、PC の4者について、免疫染色を用いて比較されています[1]。
代表的な4疾患を整理すると、次のようになります。
| 疾患 | 性質 | CK5/6 | 胞巣の手がかり |
|---|---|---|---|
| clonal seborrheic keratosis | 良性 | 陽性 | 明るい(clear)角化細胞の胞巣。異型なし。胞巣内細胞はCK10陰性とされる |
| hidroacanthoma simplex | 良性(悪性転化の報告あり) | 陽性 | 円形・好塩基性の胞巣。導管分化、CEA・EMA陽性 |
| clonal Bowen disease (SCC in situ) | 表皮内癌 | 陰性 | 全層性の異型。核の密集、核分裂像、壊死角化細胞 |
| porocarcinoma | 悪性 | 陰性 | 異型を伴う胞巣 |
注:EGFR、Ki-67、p63、p53 は4疾患の胞巣に共通して強発現する。E-cadherin の発現と CD1a陽性ランゲルハンス細胞は胞巣内で減少し、メラノサイトはいずれの病変でも増加する。CK7・CK19 はいずれの病変でも陰性であった[1]。脂漏性角化症のclonal型は、組織学的には「明るい角化細胞の胞巣」として記載される[3]。なお表中の CK5/6 の陰陽は Lora らの検討に基づく補助的な所見であり、症例数や染色条件によって揺れうる点に留意する[1]。
この表を縦に見ると、BJPを示す疾患は表皮角化細胞由来から汗腺系腫瘍まで、また良性から悪性まで大きく散らばっていることがわかります。しかし横に見ると、胞巣がいずれもEGFRを強く発現するという一点に収束します[1]。多様な疾患が同じ「島」の像をとる理由を考えるうえで、この共通項は示唆に富みます。
実務上有用なのは、少なくとも Lora らの検討では、CK5/6 が clonal SK・HS 側で陽性、clonal Bowen disease・PC 側で陰性となり、鑑別の補助所見となりうる点です[1]。さらに、HSは汗孔腫(eccrine poroma)の表皮内型と位置づけられる腫瘍であり、胞巣内の導管分化を反映して CEA と EMA が陽性となるため、これらが clonal SK との鑑別の手がかりになります[2]。clonal Bowen diseaseについては、clonal SKとの鑑別点として、核の密集・壊死角化細胞・核分裂像の有無が挙げられ、clonal SK の胞巣は CK10陰性とされます[4]。
病理像を確認したい方へ
BJPの胞巣は、言葉で記述するよりも実際の組織像で確認するほうが理解が早い所見です。hidroacanthoma simplex における典型的なBJPの組織像は、IJDVL(Indian Journal of Dermatology, Venereology and Leprology)のhidroacanthoma simplex症例報告や、オンライン皮膚病理アトラスである DermpathPRO で確認できます。境界明瞭な胞巣がどのように棘細胞層の中に「島」として位置するのか、また周囲の角化細胞との染色性の違いを、ぜひ実際の画像で見比べてみてください。
Borst–Jadassohn現象を認めたときにどうすべきか
ここまでを踏まえると、BJPに出会ったときの基本姿勢は一つに集約されます。「Borst–Jadassohn現象」を診断名として書き留めて満足せず、その島の正体を一段掘り下げることです。なぜなら、表でみたとおり、同じ像の背後には良性の脂漏性角化症から表皮内癌、さらには汗腺系悪性腫瘍までが並んでいるからです。
実際の思考の流れとしては、次の順序が役立ちます。
- 異型を評価する:核の密集、核分裂像、壊死角化細胞があれば clonal Bowen diseaseや PC など悪性側を強く疑う。これらを欠く均一な胞巣であれば clonal SK や HS など良性側に傾く[1][4]。
- 導管分化を探す:胞巣内に導管構造がみられたり、CEA・EMA が陽性であれば、汗管分化を示す病変、特に hidroacanthoma simplex を考える[2]。
- 免疫染色で補強する:Lora らの検討では CK5/6 が clonal SK・HS 側で陽性、clonal Bowen disease・PC 側で陰性であり、群分けの補助所見となりうる。clonal SK の胞巣は CK10陰性とされる[1][4]。
- 臨床・ダーモスコピー所見と統合する:HSは臨床的にもSKと取り違えられやすく、その先入観が病理診断にも影響して、初期診断としてclonal SKとされることが少なくない、とされます[2]。所見を一方向だけで決めないことが大切です。
もっとも、ここで描いた手順は「最終的に良悪を一つに確定できる」ことを前提にしているわけではありません。Souza らも、これらの疾患を臨床的にも組織学的にも区別することは時に困難であり、それぞれ対応が異なるために臨床的な帰結を伴うと述べています[2]。実臨床では、異型の評価や免疫染色を尽くしてもなお良性と確信しきれず、悪性を十分に否定できないことを理由に切除が選択される場面も少なくないのではないでしょうか。BJPへの対応は「良性と確定する」作業であると同時に、「悪性を十分に否定できるか」を問う作業でもあり、否定しきれない場合には切除に踏み切るという判断が、現実には妥当な落としどころになることがあります。
とりわけ見過ごせないのが、hidroacanthoma simplex は良性腫瘍でありながら悪性転化の報告があり、早期切除を必須とすべきかどうかが議論されているという点です[2]。良性に見える「島」が、汗孔系腫瘍の悪性転化という別の文脈をはらんでいることがあるわけです。BJPという像をきっかけに、こうした可能性を漏らさず想起し、必要なら切除という選択肢まで視野に入れられるかどうかが、この所見を学ぶ意義といえるでしょう。
ダーモスコピーからのもう一つの手がかり
組織だけでなく、ダーモスコピーもBJPの理解を助けます。Souza らが報告したHSの一例では、わずかに隆起したピンク色の局面に、境界明瞭な褐色の円形構造と、それを取り囲む点状血管(dotted vessels)が観察されました[2]。組織学的対応では、この褐色の円形構造はBJPとして認められる胞巣に対応し、環状に配列する点状血管は胞巣近傍の細静脈の増生に相当すると考察されています。興味深いことに、ヘマトキシリン・エオジン染色では明らかな色素を認めなかった胞巣に、Fontana–Masson染色では多量のメラニンが確認されました[2]。褐色に見える背景には、増加したメラノサイト[1]とこのメラニン沈着があると考えると、組織所見とダーモスコピー所見がきれいに結びつきます。
なお Souza らは、Shiiya らによるHS 4例のダーモスコピー報告を引用し、小さな黒色小球(black globules)と環状に分布する細かい鱗屑が特徴的であること、また集簇したglomerular vessels はむしろBowen病を強く示唆するため、その有無が鑑別に役立つことを紹介しています[2]。これらは Souza らが引いた先行報告に基づく所見であり、単一症例から一般化できるものではない点には留意が必要です。
病理で出会ったときに鑑別につながりうるポイント
ここまでの内容を踏まえ、BJPの胞巣を前にしたときに、ひとつずつ確認しておきたい要点を挙げます。
- 異型の有無――核の密集・核分裂像・壊死角化細胞があれば悪性側を疑う
- 導管分化――胞巣内の導管構造はhidroacanthoma simplexを示唆する
- CEA・EMA――陽性なら汗管分化を支持し、hidroacanthoma simplex を示唆する
- CK5/6――Lora らの検討では clonal SK・HS 側で陽性、clonal Bowen disease・PC 側で陰性。鑑別の補助所見
- CK10――clonal SKの胞巣は陰性とされる
- メラニン――褐色調の背景にメラノサイト増加・メラニン沈着が関与しうる
- 悪性転化の視点――hidroacanthoma simplexでは経過とともに悪性化しうる
これらはルーチンに並べる項目というより、ひとつずつが「この島は本当に良性か」を問い直すための手がかりとして機能します。
おわりに
Borst–Jadassohn現象は、一見すると一つの診断を与えてくれる便利な呼称に見えます。しかしその実態は、良性から悪性までの複数疾患が共通して示しうる「表皮内の島」という構造であり、診断の終点ではなく出発点です。同じ像が、ある患者さんでは無害な脂漏性角化症を、別の患者さんでは表皮内癌や汗腺系悪性腫瘍を意味しうる――この振れ幅こそが、この現象を学ぶ価値といえるでしょう。
胞巣の異型、導管分化、そして免疫染色のプロフィール。これらを一つずつ確認していく作業は、地味でありながら、見え方の奥にある生物学的な素性へと近づいていく過程でもあります。次にこの「島」に出会ったとき、それを名前で片づけるのではなく、「では、この島は誰なのか」と問い直せるかどうか。Borst–Jadassohn現象は、まさにそのことを静かに教えてくれる所見なのかもしれません。
ここまでお読みいただきありがとうございます。この記事が皆様の今後のお役に立てれば幸いです。それでは。
余白ノート
Borst–Jadassohn現象を認める疾患はいくつかあり、悪性疾患でも認めることがあります。Borst–Jadassohn現象とは何が本態は何なのか、それぞれの疾患をよりうまく鑑別する方法はあるかと気になることはありますが、悪性を否定しきれない像であることは認識しておくべきなのでしょう。実臨床では切除のハードルを低めにすることなどが求められるかもしれません。
参考文献
- Lora V, Chouvet B, Kanitakis J. The “intraepidermal epithelioma” revisited: immunohistochemical study of the Borst-Jadassohn phenomenon. Am J Dermatopathol. 2011;33(5):492-497. DOI: 10.1097/DAD.0b013e3181fe6f90
- Souza BC, Luce MCA, Cunha TDAC, Valente NYS. Dermatoscopy of the Borst-Jadassohn phenomenon in hidroacanthoma simplex. An Bras Dermatol. 2020;95(1):95-97. DOI: 10.1016/j.abd.2019.03.004
- DermNet. Seborrhoeic keratosis pathology. https://dermnetnz.org/topics/seborrhoeic-keratosis-pathology
- DermNet. Squamous cell carcinoma in situ pathology. https://dermnetnz.org/topics/squamous-cell-carcinoma-in-situ-pathology
病理像の参照先:IJDVL(Indian Journal of Dermatology, Venereology and Leprology)のhidroacanthoma simplex症例報告、ならびにオンライン皮膚病理アトラス DermpathPRO。
